ノウハウ 2024/5/23

個人事業主が事業承継する際の流れと必要な手続きを解説

個人事業主が事業承継するパターンは大きく2つに分かれます。

1つは現事業者が廃業し、事業資産を贈与して後継者が新規開業を行うパターンです。

もう1つは現事業者が亡くなり、事業資産を相続して後継者が新規開業を行うパターンです。

本記事では、贈与と相続の2パターンの流れと必要な手続きについてご紹介します。

なお、事業承継の基本について詳しく知りたい方は「事業承継とは?定義や種類などわかりやすく解説」をご覧ください。

事業資産の贈与で行う事業承継の流れと手続き

個人事業主の現事業者が、後継者に事業資産の贈与をして事業承継する場合の流れは次のとおりです。

  1. 後継者を見つけ、取引先などの関係者に事業承継を周知する
  2. 事業資産を後継者に贈与するための段取りとして事業計画書を作成する
  3. 事業開始日を定め、現事業者の廃業と後継者の開業の届出など必要な手続きをする

まずは後継者を見つける必要があります。

親族や従業員に適切な後継者が見つからない場合、日本政策金融公庫の「事業承継マッチング支援」を利用してみましょう。

日本政策金融公庫は政府系金融機関として、政府の政策実現のために主に中小企業・小規模事業者向けの融資を行っているため、役所の窓口に相談するように利用できるでしょう。

他に馴染みの金融機関があるのであれば、事業承継の支援サービスがある可能性があるので、担当者に相談するのも有効です。

後継者が見つかったら、取引先や協力会社などの事業に関係する方に紹介し、事業承継する旨を周知しましょう。

続いて、事業資産の贈与に関する段取りをつけます。

個人事業主の事業承継における障壁は事業内容や業種によっても様々ですが、共通して「事業資産を贈与する際の税金」が大きく立ち塞がります。

事業資産の贈与・相続に関わる贈与税・相続税を100%猶予する「個人版事業承継税制」を利用するには、適用条件を満たし、認定経営革新等支援機関の指導・助言を受けて個人事業承継計画を作成し、期限までに提出し、認定を受ける必要があります。

参照:個人版事業承継税制|国税庁
個人版事業承継税制の前提となる認定|中小企業庁

*個人版事業承継税制は2024年度税制改正で「2026 年3月末まで2年間の期限延長」が決まっています

参照:経済産業関係 令和6年度(2024年度)税制改正のポイント(PDF)|経済産業省

個人版事業承継税制の認定を受け、個人版事業承継税制を利用できる見込みが立ったら、必要な手続きを進めましょう。

なお、事業承継の際、贈与税以外にも課税される可能性があるので、他の補助金などの支援も受けることも検討しましょう。

事業承継の費用について詳しく知りたい方は「事業承継にかかる費用の種類や課税対象を解説」をご覧ください。

続いて、事業計画書を立てれば事業開始日(現事業者によっては廃業日)も決まるので、その日程にあわせて必要書類を作成しましょう。

なお、各種手続きをe-Taxでの電子申告で行う場合、本人確認書類の提示や写しの添付が不要となります。

e-Taxの利用者識別番号の取得には多少、手間と時間がかかるため、後継者は早めにe-Taxのアカウントの作成しておくとよいでしょう。

参照:ご利用の流れ|e-Tax 国税電子申告・納税システム

【現事業者の個人事業主が廃業するために必要な届出書類一覧】

書類名 概要 参照
廃業届出書 事業を廃止した場合に提出必須 A1-5 個人事業の開業届出・廃業届出等手続|国税庁
青色申告の取りやめ届出書 青色申告をしていたが取りやめる場合に提出必須 A1-10 所得税の青色申告の取りやめ手続|国税庁
事業廃止届出書 課税事業者の場合、事業を廃止する場合に提出必須 D1-14 事業廃止届出手続|国税庁
消費税関連の各種届出書

  • 消費税課税事業者選択不適用届出書
  • 消費税簡易課税制度選択不適用届出書
  • 消費税課税期間特例選択不適用届出書 など
消費税について特定の条件に当てはまる場合、各種届出が必要 No.6603 個人事業者が事業を廃止した場合|国税庁

なお、廃業届について詳しく知りたい方は「廃業届とは?書き方と提出のタイミングを解説」もご覧ください。

【後継者の個人事業主が開業するために必要な届出書類一覧】

書類名 概要 参照
開業届出書 事業を開始した場合に提出必須 A1-5 個人事業の開業届出・廃業届出等手続|国税庁
青色申告承認申請書 青色申告をする場合に提出必須 A1-8 所得税の青色申告承認申請手続|国税庁
青色事業専従者給与に関する届出書 青色申告の事業者が家族への給与を経費にしたい場合に提出必須 A1-11 青色事業専従者給与に関する届出手続|国税庁
消費税関連の各種届出書

  • 消費税課税事業者届出書
  • 消費税簡易課税制度選択届出書
  • 消費税課税事業者選択届出書
  • 適格請求書発行事業者の登録申請書 など
消費税について特定の条件に当てはまる場合、各種届出が必要 No.6629 消費税の各種届出書|国税庁
棚卸資産の評価方法の届出書 商品や製品、原材料、仕掛品など「棚卸資産」の評価方法の選択する場合に提出必須 A1-18 所得税の棚卸資産の評価方法の届出手続|国税庁
減価償却の償却方法の届出書 建物や設備、機械装置、器具備品、車両運搬具など「減価償却資産」の償却方法を選択する場合に提出必須 A1-19 所得税の減価償却資産の償却方法の届出手続|国税庁

その他、従業員の有無、事業内容・業種によって、必要な手続きが異なるため、各担当窓口にどのように事業承継を進めればよいかを相談しましょう。

例えば、従業員がいる場合は社会保険や労働保険に関する手続きについて、年金事務所・ハローワーク・労働基準監督署に相談して行う必要があります。

許認可や屋号に関する手続き(商号登記)も、忘れずに承継しましょう。

事業資産の相続で行う事業承継の流れと手続き

個人事業主の現事業者(被相続人)が亡くなったことを契機に、遺族(相続人)にあたる方が後継者となって事業資産を相続し、事業承継する場合の流れは次のとおりです。

  1. 事業資産を相続して事業承継すべきかを検討する
  2. 取引先などの関係者に現事業者の死去と事業承継の意思を伝える
  3. 故人の廃業と後継者の開業の届出など必要な手続きをする
  4. 事業資産を後継者が相続する(可能なら、事業計画書を作成し、個人版事業承継税制を活用する)

まず、遺族(相続人)が相続を前提にした事業承継をすべきかをよく検討しましょう。

贈与での事業承継の場合、後継者は現事業者の引き継ぎを受けつつ、関係者への信頼関係も形成できるので、比較的スムーズに事業承継を行えますが、相続での事業承継の場合、事業者が故人となって関与できないため、新たな事業計画を立てられるほど事業内容を熟知した後継者でない限り、事業承継がうまくいかない恐れがあります。

実際に、事業承継をサポートする「個人版事業承継税制」を相続で活用する場合には「相続人(後継者)が相続開始前に事業に従事している」ことが条件に含まれます。

故人の遺志を継ごうと遺族が立ち上がっても、それまで事業に関与していないのであれば支持されない可能性が高いため、事業に熟知した従業員がいるのなら社員へ、あるいはM&Aを希望する第三者への事業譲渡を選択肢に含めた方がよいでしょう。

事業承継と事業譲渡の違いについて知りたい方は「事業承継と事業譲渡の違いは?それぞれのメリット・デメリットや選択方法も解説」をご覧ください。

相続人を後継者として事業承継すると決めたなら、取引先や協力会社などの関係者に対し、後継者は現事業者が亡くなった事実と、事業承継の意思を伝える必要があります。

その後、速やかに故人の廃業と後継者の開業の届出など必要な手続きを行います。

なお、もし事業承継を行わない場合でも、相続人は故人となった個人事業者の死亡に関連した廃業手続きを行う必要があります。

【故人となった個人事業主に代わり、相続人(後継者)が届出する書類一覧】

書類名 概要 参照
個人事業者の死亡届出書 個人の課税事業者が死亡した場合に提出必須 D1-15 個人事業者の死亡届出手続|国税庁
適格請求書発行事業者である個人事業者の死亡届出書 適格請求書発行事業者である個人事業者が死亡した場合に提出必須 D1-71 適格請求書発行事業者が死亡した場合の手続|国税庁
廃業届出書 事業を廃止した場合に提出必須 A1-5 個人事業の開業届出・廃業届出等手続|国税庁
青色申告の取りやめ届出書 青色申告をしていたが取りやめる場合に提出必須 A1-10 所得税の青色申告の取りやめ手続|国税庁
事業廃止届出書 課税事業者の場合、事業を廃止する場合に提出必須 D1-14 事業廃止届出手続|国税庁
消費税関連の各種届出書

  • 消費税課税事業者選択不適用届出書
  • 消費税簡易課税制度選択不適用届出書
  • 消費税課税期間特例選択不適用届出書 など
消費税について特定の条件に当てはまる場合、各種届出が必要 No.6603 個人事業者が事業を廃止した場合|国税庁

この他に、故人となった個人事業者の「準確定申告」を行う必要もあります。

参照:No.2022 納税者が死亡したときの確定申告(準確定申告)|国税庁

準確定申告の申告期限は「相続の開始があったことを知った日の翌日から4か月以内」であるため、注意しましょう。

なお、故人(被相続人)が提出した消費税関連の届出は、相続により事業を承継した後継者(相続人)には無効ですので、新たに届出書を提出する必要があります。

参照:No.6602 相続で事業を引き継いだ場合の納税義務について|国税庁

後継者が新規開業を行う場合の手続きについては「贈与での事業承継」のケースと同じ内容であるため、前述の【後継者の個人事業主が開業するために必要な届出書類一覧】の表をご覧ください。

ちなみに、相続を行う前に開業関連の手続きを完了していないと、事業承継と認められなくなるため、手続きの順番には気をつける必要があります。

相続の申告期限は、「相続の開始があったことを知った日の翌日から10か月以内」です。

参照:B1-2 相続税の申告手続|国税庁

相続での事業承継のケースも、相続税が猶予される「個人版事業承継税制」の活用が理想的であるため、適用条件を満たせそうなら挑戦しましょう。

参照:個人版事業承継税制|国税庁
個人版事業承継税制の前提となる認定|中小企業庁

ただし、「個人版事業承継税制」は条件を満たさなくなった場合に猶予されていた税金と利子を支払うことになるうえ、その手続きも複雑であるため、事業計画書を作成する際に指導・助言を受ける認定経営革新等支援機関には、税理士を選んだ方がよいでしょう。