事業譲渡で従業員はどうなる?通知と処遇の選択肢を解説

ノウハウ 2023/6/27

事業譲渡で従業員はどうなる?通知と処遇の選択肢を解説

事業譲渡を考えている売り手の会社(譲受会社)や買い手の会社(譲渡会社)方は、譲渡対象の従業員にどう伝え、どういう選択肢を提示すべきか、悩みますよね。

当記事では、事業譲渡契約を結ぶ前に考えておきたいポイントとして、譲受対象の会社の従業員への通知方法、処遇の選択肢ににどんなものがあるか、労働契約上の注意点について解説します。

事業譲渡契約の前に従業員へ通知が必要

事業譲渡の際、譲渡会社(事業を渡す会社)と譲受会社(事業を譲り受ける会社)の間で事業譲渡契約を結ぶ前に、双方の従業員に対して事業譲渡をする旨の通知を行う必要があります。

事業譲渡契約が締結されると譲渡会社の従業員(承継予定労働者)の労働契約は譲受会社に承継されるため、契約締結の前に通知し、事業譲渡の背景や譲渡先、今後の従業員の処遇など説明し、労使に関する事前協議を行います。

従業員への事業譲渡の通知は、一般的に書面での通知・口頭での通知を行った後、説明会を開催するなど、複数の方法を組み合わせて行います。

【従業員への事業譲渡の通知方法】

通知方法 詳細
書面で通知する 事業譲渡の概要を説明した文書を作成して従業員に送付(文書の郵送や、メールでの文面での通知を含む)
口頭で通知する 事業譲渡の概要を口頭で従業員に説明(全従業員を一堂に会する場での通知や、動画配信での通知を含む)
説明会を開催する 事業譲渡の概要を従業員に説明した後、質疑応答を実施

従業員の選択肢は転籍・配置転換・出向・退職

事業譲渡の際、譲渡会社の従業員が選べる選択肢は、転籍・配置転換・出向・退職です。

【事業譲渡における譲渡会社の従業員の選択肢】

選択肢 概要
転籍 元の会社から譲渡先に所属を移して働く
配置転換 元の会社に残留し、別の部署に異動する(廃業を伴わない事業譲渡の場合のみ選択可)
出向 元の会社に所属したまま、譲渡先の企業で働く(廃業を伴わない事業譲渡の場合のみ選択可)
退職 事業譲渡前に元の会社を辞める

ちなみに、事業譲渡における転籍や出向などの協議が狙い通りにいかなくても、従業員の解雇はできません。

労働契約法により、従業員と協議交渉を重ねて解雇回避の努力を行った上で合理的な論拠を示さない限りは不当解雇となり、無効になります。

引用:労働契約法|e-Gov

転籍

事業譲渡に同意した譲渡会社の従業員(承継予定労働者)は、譲受会社へ転籍します。

事業譲渡の時に必ずしも同じ労働条件を承継しなければならないという法的な制約はなく、譲受会社と転籍する従業員の間で再契約を行うため、内容の変更は可能です。

ただし、転籍する従業員の不安を軽減して人材流出を防ぐため、事業譲渡の際は一般的に一定期間は譲渡会社の同じ労働契約を引き継ぎ、少しずつ転籍先の会社の就業規則に合わせていく方法が選ばれます。

なお、転籍に際しては、譲渡会社と譲受会社と従業員との間で事前に協議し、三者の合意を得る必要があります。

残留(配置転換・出向)

事業譲渡に関する事業全体の状況説明を受けた上で転籍を拒否した承継予定労働者とは、譲受会社は労働契約を結べません。

譲渡会社が廃業しない事業譲渡である場合、承継予定労働者は譲渡会社に残留することになります。

そのため、配置転換か、あるいは譲渡会社に所属したまま譲受会社に出向かを模索します。

配置転換する場合、これまでの従業員の職歴・キャリアが変わることになり、全く行ったことのない仕事に携わる可能性があります。

譲渡する事業との結びつきが強く専門性が高い従業員の場合、譲渡会社に残留しての配置転換という選択は望ましいとは言えません。

なお、元の会社との労働契約を維持したまま、一定期間、譲渡先に出向して働いてもらう方法は、転籍に拒否感を示す従業員に有効です。

譲渡先を体験することで、社風や事業体制の理解が深まり、転籍の同意を得やすくなります。

退職

法令上、事業譲渡を理由にした解雇はできませんが、事業譲渡の際に雇用調整として従業員に退職を促すことは可能です。

【退職の種類】

分類 種類 備考
自己都合退職 依願退職 辞職と同じ意味で、従業員からの申し出に会社が合意し、職を辞す。
懲戒解雇 従業員の就業規則違反に対する罰則として一方的に解雇する。懲戒処分の中で最も重い。
会社都合退職 退職勧奨 従業員に個別に働きかける。ただし、退職するかは従業員本人の自由意思に委ねる。
希望退職 年齢や役職に応じた退職金加算など退職条件を提示して退職者を募集する。
早期退職 退職金加算など定年前の一定年齢に達した従業員の退職を早める。希望退職の一種。
懲戒解雇以外の解雇 「普通解雇」と呼ばれ、従業員の能力不足や業務命令違反などを理由に一方的に解雇する。普通解雇の中でも、経営悪化など合理性と正当性のあるものは「整理解雇」と呼ぶ。

例えば、事業譲渡の際、従業員が不利益にならないと社会通念上みなされる労働条件を会社が提示したにも関わらず、従業員が同意せずに、従業員が退職を強く希望した場合は「自己都合退職」に該当します。

一方、事業譲渡の際に会社が提示した退職勧奨や希望退職・早期退職の人事制度を提示し、従業員が希望して退職した場合は「会社都合退職」に該当します。

ただし、自己都合退職でも退職以外に選択肢がないとみなされれば「会社都合退職」認定される可能性があるため、注意が必要です。

事業譲渡の従業員との労働契約上の注意点

事業譲渡の際、譲渡会社の従業員との労働契約を締結する上での注意点を解説します。

  • 労働契約は譲渡会社の水準を維持するのが基本
  •  転籍する従業員とは「転籍同意書」が必要
  • 「勤続年数」が退職金や有給休暇などに影響

労働契約は譲渡会社の水準を維持するのが基本

譲渡会社の従業員との労働契約は、転籍先の譲受会社の水準に倣うのではなく、譲渡会社の水準を維持するのが基本です。

理由は、転籍先の譲受会社の水準に合わせようとした場合に「会社分割のみを理由とする一方的な労働条件の不利益変更」とみなされ、労働契約法違反になる可能性があるためです。

参照:会社分割・事業譲渡・合併における労働者保護 のための手続に関するQ&A Q39 会社分割のみを理由とした労働条件引下げを行うことはできますか。|厚生労働省労働基準局

当然、完全に同じ福利厚生を引き継ぎ、労働条件を維持することは難しいため、会社分割前に、譲渡会社と譲受会社との間で調整し、就業規則を変更するケース、事業譲渡後に転籍先の就業規則を変更するケースが考えられますが、労働条件の変更の際は、法令や判例に従った労使間の合意が必須です。

転籍する従業員とは三者合意と「転籍同意書」が必要

事業譲渡を進める際は、譲渡会社と譲受会社の間で事業譲渡契約を交わすため、双方の会社の従業員の同意は必要ありません。

ただし、譲渡会社と従業員との間で交わした労働契約を譲受会社に承継し、雇用を維持する事業譲渡の場合、譲渡会社の従業員(承継予定労働者)は転籍することになるため、譲渡会社と譲受会社と承継予定労働者の間で事前に協議し、三者の合意を得る必要があります。

第六百二十五条 第一項 使用者は、労働者の承諾を得なければ、その権利を第三者に譲り渡すことができない。

引用:民法 第六百二十五条(使用者の権利の譲渡の制限等)|e-Gov

事業譲渡の協議にあたっては代理人の選定し、時間的余裕をもって、労働者保護の視点に立った事業承継手続きを進め、できるだけ人材流出につながらないように配慮する必要があります。

  1. 労働組合等との事前の協議
  2. 承継予定労働者との事前の協議
  3. 労働契約の承継についての承継予定労働者の承諾
  4. 事業譲渡の効力発生・労働契約の承継

参照:「事業譲渡又は合併を行うに当たって会社等が留意すべき事項に関する指針」の概要(PDF)|厚生労働省・都道府県労働局

次は、事業譲渡の際の従業員との同意書の雛形です。

転籍同意書

_________(以下「甲」という)は、__________(以下「乙」という)の〇年〇月〇日付辞令による下記転籍命令に異議なく同意します。

・転籍先

(例:社名、所在地、代表取締役の氏名)

・転籍先で行う業務

(例:業種、役職、業務内容)

・労働条件

(例:給与、労働時間・休日・年次有給休暇・退職金など就業規則)

・転籍年月日

____年__月__日

以上

(同意書作成日時)____年__月__日

(当事者の署名・捺印)甲:__________________ 印

乙:__________________ 印

「勤続年数」が退職金や有給休暇などに影響

譲渡会社の従業員が譲受会社に転籍した場合、勤続年数がリセットされ、それが退職金や有給休暇などに影響する可能性がある点に配慮が必要です。

例えば、退職金を受け取った場合に従業員が支払う所得税は、勤続年数が20年以下か、20年を超えるかで控除額が変わりますが、転籍で勤続年数が引き継げないことで控除金額が減り、手元に残る金額が少なくなる可能性があります。

参照:No.1420 退職金を受け取ったとき(退職所得)|国税庁

法定の年次有給休暇についても、継続勤務年数によって付与日数が変わるため、転籍後に不利益とならないよう、補填のための特別休暇を付与するなども検討した方がよいでしょう。

参照:年次年次有給休暇の付与日数は法律で決まっています 有給休暇」の付与日数は、法律で決まっています(PDF)|リーフレットシリーズ労基法39条

他にも、企業年金や厚生年金、各種社会保険など、継続勤続年数がリセットさせることによる不利益がある可能性があるため、それぞれの法令や規則を参照し、どのような待遇になりうるかを従業員に説明し、協議する必要があると言えます。